こんにちは。浜松一郎である。
前回の台湾モテ旅から台湾にすっかりハマってしまった。
前回の記事
①【台湾観光】台湾好きに、グルメスポットを案内してもらってきた〜浜松一郎のモテ旅〜
②【台湾のおもしろ観光地】台湾はアートもカルチャーもしっかり根付いているぞ〜浜松一郎のモテ旅・後編〜
ふたつの記事で、定番から少し変わったスポットまで、網羅的にレポートはしたつもりだったが……台湾は奥が深い。
今回また珍スポットを発見してしまったのだ。
前置きはここまで、見ていただければわかるので、早速いってみよう。
台北市内から、結構遠いい金剛宮
金剛宮は、とんでも珍スポットというだけあって、アクセスはあまり良くない。
まず、台北中心地からは淡水線で、淡水駅まで行き、そこからバスかタクシーに乗って一時間かからないくらい。
ちなみに、淡水駅は台湾では最北端の駅であり、海が近いため台北の都心の方とは少し違う雰囲気になる。
前回でも言ったが、台湾のタクシーはきちんとメーターを回してくれるのでぼったくられる心配もない。
なお、淡水駅まで来ると日本語はおろか、英語もほぼ通じないので漢字でグーグル・マップを見せると良い。
金剛宮は割と行っている方も多いようなので、伝わりやすかった。
ということで、タクシーでうとうとしていると到着。なぜ、こんな田舎の方に立派な建物があるのか。
既に疑問になってくる。
ということで入場して行こう。なお、ここまで来ると全くタクシーが捕まらないので、乗ってきたタクシーに駐車場で待ってもらうことをオススメする。大体一時間くらいといえばOKだ。
この際はGoogle音声翻訳を使うべし。
ちなみに、入場料は無料だ。ぜひここから先、「無料の施設」として見ていってほしい。
幾度となく、「え?無料なの?」と思う瞬間があるからだ。
金剛宮に入場。入場料は無料
早速偉い感じの神様がお出迎えをしてくれた。カッコいい。なのに、なにかザワザワと違和感を感じる。これはなんなのだろうか?
その先には、廊下があった。横に配置されている銅像たちは、なにかの物語のワンシーンを表しているようだ。
では、その中でも印象に残ったいくつかのシーンを紹介しよう。
まずはこれだ。鹿の角が生えた人が、話しかけている。そしてなぜか、それを制止している人。
どのようなシチュエーションなのだろうか?
最も印象に残ったシーンはこちらだ。横から見るとなんの変哲もないが…
縦に回るとあら不思議。とんでもない絵面が飛び込んでくる。
どっちだ?どっちからなんだ?と考えれば考える程、私は混乱した。明らかに、女性から差し出してはいないだろうか?
その証拠に、おじいさんをアップにすると心なしか乗り気じゃないような気がする。
子どもは指差し確認をしているようだ。これから何が始まるのだろうか?
私は、考えることをやめた。
この日はあいにくの土砂降りだったのだが、そんな状況も相まっていい写真が撮れた。
この銅像はおそらく、勉強を嫌がる子どもを親が叱っているシーンだったのだが、雨のせいか圧倒的な絶望感が演出されてしまったのだ。
「助けてあげたい」
私はそう思った。
ちなみに、私はまだ入り口から50歩くらいしか歩いていない。
カオス〜まだ始まったばかりなのに、情報量が多すぎて〜
さて、やっと本格的に館内へと入ってきた。
二階に上がる階段には、妙な日本語が書かれていた。
偶然いた係員の方も、「これが目当てできたんでしょ?上にあるからこんなところで油売ってないで行きな!写真はめっちゃ撮ってええで!」的なことを言われた。
なんだろうか。
二階に上がると、係員さんの言う「僕らが目当てのもの」が見つからないほど、広い。一つひとつ小部屋になっており、かなり作りこまれている。
こちらは最初の小部屋にあった3つの像である。明らかに一番右側の方の様子がおかしい。
昔の篠原と○えさんのようなポーズをしているのだ。
「わたしはウルトラリラックス!金剛宮はデラックス!」とか言いそうである。
隣には、高さ5メートルはあるであろう巨大な像もあった。このためだけに天井が拡張されており、相当お金がかかっていると思われる。
その隣は教室のようになっており、神様が授業を繰り広げていた。
他の神様たちはしっかりと着席をして、静かに聞いているようだ。
しかし、一番うしろの席には一般の方が授業を見守っている。この日は参観日なのだろうか?
そこには、しっかりと「先生を見極める親の姿」があった。
なお、ここに紹介しきれない小部屋もたくさんあり、合計で7〜8部屋くらいはあったと思う。
そして、小部屋の向かいにはこのように神様が一体一体並んでいる。
ここに、例の一体が隠れていたのだ…!!
これが冒頭の謎の像である。晴れていないにもかかわらず、なぜか後光が差してしまった。
係員さんの話によると、これを目当てに来る人が多いそうだ。
この像の前で私は少し考え込んでしまった。
目当てなのか、「目に手」なのか、「手に目」なのか。これこそ、寺院の楽しみ方なのかもしれない。禅問答のように己に問いかけることによって、悟りが開けるのだろうか……?
他にも、たくさんの像が並んでいるのだが…
頭の上にニワトリちゃんが乗っている神様もいた。とってもかわいい感じだ。金剛宮に来て初めて癒やされた。
地獄ゾーン・ペナルティ状況ーー。ペナルティ状況!?
一度、室内から抜けて半屋外へ向かう。ここから少し係員のおばちゃんに連れられていく。
すごい勢いで「こっちへ来い!びっくりさせてあげるから!早く!」という、割と強めの圧をかけられる。
ただ、これだけではもう読者の方も驚かないだろう。
こちらが、別アングルからの写真だ。足をよく見てほしい。コンクリートに沈んでいるのだ!!
こんな小技もきかせてきかせてくるとは、正直作り込みに驚いた。この寺は本当にすごいところなのではないか…そうとしか考えられなくなってきてしまったのだ。
なお、この写真を撮っている最中も、係員のおばちゃんからすごい声で呼ばれている。
「地獄を見せてやるから、早く来い」
そう言われて、私は怯えた。
おばちゃん:「ここが地獄の入り口だよ。しっかり目に焼き付けな!」
そう言って、去っていったおばちゃんを尻目に、恐る恐る入っていく。
なお、入り口でもらったパンフレットには、「地獄・ペナルティ状況」という文字が書いてある。
入ってみると、今までの明るい世界とは一変。暗い世界になってしまった。
そこにいたのは、悪魔や鬼たちと罰せられる人間たちだ。
どうやら、ここは「罪を犯したものがどうなるのか?」ということを見せる場所のようである。
これがつまり、ペナルティ状況なのだろう。
その証拠に、床には「なんの罪を犯すと、どのような罰を受けることになるのか?」が書いてあった。
左側がおそらく「目をえぐる」みたいな感じで、右側が「舌を引き抜く」という感じだろう。
この状況は、脚を切られるというペナルティ状況だろう。恐ろしい。
この状況は「砕石埋身」的なことが書いてあったので、まさに見た通りのペナルティ状況であろう。
地獄から出ると、私は自分の過去を振り返った。
「今まで悪いことしてないよな…?」
地獄には行きたくないから、決して悪いことはしないようにしよう。そう思った。
地獄の次は天国へーー
地獄を抜けて精神的に疲れていると、すぐ「天国ゾーン」に辿り着いた。地獄とはうって変わり、ものすごい光が入ってくる。
天国ゾーンは割と普通だったので割愛するが、「地獄では?」と勘違いする神様がいたことも事実である。
特にこの神様は、会った中で最も顔の毛という毛が長かった。
もはや、毛神(けしん)である。
天国以外にも、京都でいう三十三間堂みたいにたくさんのオジサンがいる部屋もあり…
施設を一望できる場所があったりと、かなり作り込まれていた。奥に見えるのは海だが、靄がかっていたので写真だと確認できないのが悲しい。
ちなみに、金剛宮の大きさは、1.3ヘクタールもあるらしい。東京ドームに換算すると、なんと0.2個分にもなる。
つまり、東京ドームはものすごい大きいということだ。
そして、出口へーー
まだ紹介しきれない場所があるが、そろそろ出口へ向かう。
その時、また例の係員のおばちゃんがやってきた。
「こんだけ回ったんだから腹減っているだろ?」
「好きに食べなさい」
そうおばちゃんは言う。
なんとそこには、紅茶や…
餅っぽい食べ物や…
ビーフン的な食べ物まであるのだ。
海外にちょいちょい行っている私的には
「こりゃいつものやつだな。食べたらお金と言われるやつだ」と思ったが、しかし!
なにも言ってこない。
「無料だと…??入場料無料で、飲食まで無料だと…??」
そう思わずにはいられなかった。
そう。私は、資本主義社会で暮らす中で、いつしか純真な心を失っていたのだ。
「少しでもおばちゃんを疑うなんて…私は…なんて小さい人間なのだ…。この寺に来て気付かされたことがたくさんあったなぁ…」
お寺を出る時、そう思った。
しかし、お寺を出てすぐのトイレに紙がなく、買わないといけなかったので急に現実に引き戻されたことをここに記す。
金剛宮から、「自由への意思」を感じとった浜松一郎
金剛宮はよくよく調べてみたところ、1986年に創設されたお寺だそうだ。資料によると、儒教と仏教、道教とバラモン教が共存しているようである。1986年の台湾といえば、38年続いた史上最も長い戒厳令が敷かれていた時期。翌年の1987年に解除はされるが、戒厳令下では政治活動や言論の自由は厳しく制限されていたようである。
金剛宮がそれに関係があったどうかはわからない。しかし、関係ないということはないだろう。
当時の台湾の様子は、今ではなかなか伺いしれない。しかし、この金剛宮には大きな意味で、「自由」があった。厳密にいうと自由への意思を感じとれた、そんな気がする。
どんなスポットでも決して意味のない、歴史のない場所はないはずだ。そう考えると、金剛宮は明らかに意思を持って作られていた。驚くほどにーー。
ぜひ、みなさんも金剛宮に行ってみてほしい。何か感じるものがあるはずだから。(笑)